大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和32年(ネ)119号 判決

控訴人 熱田木材株式会社

被控訴人 清野祐宏 外二名

主文

原判決中控訴人等敗訴部分を次の通り変更する。

控訴人は被控訴人清野祐宏に対し金七万千五百円、被控訴人竹口伊平、同繁田新吉に対し金十一万円並に右各金員に対し夫々昭和三十年十一月十五日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人等の負担とし、その一を控訴人の負担とする。

本判決は、被控訴人清野において金二万円、被控訴人竹口、同繁田において金三万円の各担保を供するときは、夫々その勝訴部分につき仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴人等代理人において、本件木材に対する仮差押執行の際控訴会社に過失があつたものであるが、右仮差押を本執行に移行する際には、控訴会社に故意または重大な過失があつたものである。と従来の主張を補足し、控訴代理人において、控訴会社は本件材木に対する仮差押及び強制執行の際訴外杉山林業株式会社の側より単に本件材木は右訴外会社の所有ではなく、第三者の所有に係るものであるとの警告を受けたに過ぎない。と訂正陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

立証として、被控訴人等代理人は、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一乃至三同第六号証の一、二、同第七号証の一乃至六及び同第八号証の一乃至八を提出し、原審証人中野雅幸(第一、二回)、同中野保幸、同岩本治、同北詰喜一、原審並に当審証人中野恒幸(但し原審は第一、二回)の各証言、原審における被控訴人清野祐宏、同竹口伊平各本人尋問の結果並に原審における鑑定人勝瀬富雄、同小浜茂の各鑑定の結果を夫々援用し、乙号各証の成立を認めると述べ控訴代理人は、乙第一、二号証を提出し、原審並に当審証人大松政晴、同中島浩喜の各証言、原審及び当審における控訴会社代表者大野四郎尋問の結果並に当審における鑑定人町田武男の鑑定の結果を夫々援用し、甲第七号証の一乃至六の各成立を認めるも、爾余の甲号各証の成立はすべて不知と述べた。

理由

控訴会社が、債務者たる訴外杉山林業株式会社(以下単に杉山林業と称する)に対する名古屋地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第四八号有体動産仮差押事件の仮差押決定正本に基づき、昭和三十年一月三十一日杉山林業の木材置場において、同置場に集積されていた松丸太原木(二間物)約七十石(以下単に本件松丸太と称する)及び杉丸太原木(二間物)二口計約百四十石(以下単に本件杉丸太と称する)を仮差押したこと、その後控訴会社は杉山林業に対する名古屋地方裁判所昭和三〇年(ワ)第一八九号前渡金等返還請求訴訟事件の確定判決正本に基づいて、同年七月二十日右仮差押を強制執行に移して強制競売の手続を執るに至つたこと、これに対し被控訴人清野は本件松丸太につき、被控訴人竹口、同繁田は本件杉丸太につき夫々所有権を主張して、徳島弁護士会所属弁護士梅田鶴吉に訴訟委任をなし、徳島地方裁判所に控訴会社を相手方として前記強制執行に対する第三者異議の訴を提起したこと(同庁昭和三〇年(ワ)第二二七号事件)右訴訟事件繋属中控訴会社が同年九月九日前記強制執行を解除するに至つたことは、いずれも本件当事者間に争がない。

被控訴人等代理人は、本件松丸太は被控訴人清野の所有に、本件杉丸太は被控訴人竹口、同繁田の共有に属するものであり、杉山林業においては前記仮差押及び強制執行を受けた際本件各原木に付されている刻印を説明して、右各原木が被控訴人等の所有に属することを主張したにも拘らず、控訴会社は敢て各執行処分をなしたものであつて、前記仮差押執行は控訴会社の過失に基づくものであり、また前記強制執行は控訴会社の故意若しくは重大な過失に基づくものであると主張するにつき、先ず前記各原木が当時何人の所有に属するものであつたかの点を検討する。原審における被控訴本人清野祐宏の供述により真正に成立したことが窺える甲第一号証、第三者の作成に係り真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一乃至四、同第五号証の一、同第六号証の一及び同第七号証の六、原審並に当審証人中野恒幸(原審は第一、二回)、原審証人中野雅幸(第一、二回)、同中野保幸、同岩本治の各証言並に原審における被控訴本人清野祐宏、同竹口伊平の各供述を綜合すれば、被控訴人清野祐宏は製函用板材の製作販売を業としている者であるところ、昭和二十九年十月七日徳島県那賀郡平谷村において訴外田村喜俣より松及び樅材約二万五千戈を買受け、これを杉山林業に委託していわゆる賃挽加工をして貰うため、同年十一月より昭和三十年二月中迄の間に、那賀運送株式会社の貨物自動車で杉山林業の木材置場へ搬入したこと、控訴会社が仮差押した本件松丸太はその一部に当るものであり、杉山林業が賃挽加工のため被控訴人清野より預つていたものであること、また被控訴人竹口伊平、同繁田新吉は、いずれも建具類の製造販売を業としている者であるところ両名共同で昭和二十九年十一月頃高知県において杉、檜の立木を相当数量(代金六十五万円)買付け、その伐採木を前同様杉山林業に委託して賃挽加工をして貰うため、その頃高知通運株式会社の貨物自動車で徳島県那賀郡平島村中島迄運送し、更に杉山林業の製材上場へ搬入したこと、控訴会社が仮差押した本件杉丸太はその一部に当るものであり、杉山林業が賃挽加工のため被控訴人竹口、同繁田の両名より預つていたものであることを夫々肯認することができ、右認定を左右するに足る証拠がない。控訴会社は本件各原木はいずれも杉山林業の所有であつたに拘らず、被控訴人等が杉山林業の代表取締役中野恒幸より懇願されて、控訴会社の仮差押及び強制執行を妨害するため杉山林業と通謀して虚偽の主張をなしているものであると主張し、控訴会社代表者大野四郎は、原審及び当審において右主張に副う供述をしているけれども右供述を以てしては未だ前叙認定を覆えして被控訴人等が杉山林業と通謀の上虚偽の所有権を主張している事実を認めるに十分でなく、他に控訴会社主張の右事実を認めるに足る証拠がない。従つて控訴会社が前記仮差押執行をした当時、その目的物件である本件松丸太(約七十石)は被控訴人清野の所有に属していたものであり、また本件杉丸太(約百四十石)は被控訴人竹口、同繁田の共有に属していたものといわなければならない。

而して右仮差押執行が強制執行に移行したことは前記の通り当事者間に争ないところ、控訴会社は、右仮差押執行をした目的物件は強制執行に移行当時同一物件でなかつた形跡があると主張するにつき検討する。原審並に当審証人中島浩喜は、本執行の際には仮差押執行をした目的物件中松丸太がなくなつていて、その代りに樅丸太が約六十石存在し、杉丸太の数量も相当滅少して居り、また材木に付されている刻印も異つていた旨証言しているけれども、成立に争のない乙第二号証、原審並に当審証人大松政晴、同中野恒幸(原審は第一回)の各証言を綜合すれば昭和三十年七月二十日本件松丸太及び杉丸太に対する前記仮差押執行を本執行に移した際、債権者たる控訴会社の代理人中島浩喜は、仮差押執行をした時の目的物件と同一物件でないこと、石数が不足すること等を述べたが、控訴会社より執行委任を受けていた徳島地方裁判所所属執行吏大松政晴は、仮差押執行をしたときと材木の置場が多少変つているものの、材木そのものは仮差押執行をした分と同一の物件であると認めて、本件松丸太約七十石及び杉丸太約百四十石に対し差押処分をしたこと、杉山林業においては、本件松丸太及び杉丸太につき仮差押執行を受けた後本執行を受ける迄の間に、操業の都合上その製材置場内において、本件松丸太及び杉丸太を西の方へ三間位移動させたことがあり、その際一部材木の混淆を生じ、本執行として差押を受けた杉丸太約百四十石の中には訴外加治秋治所有に係る杉丸太原木約十石が混入していたが、本執行を受けた松丸太約七十石全部及び杉丸太約百四十石の内約百三十石は、仮差押の目的物件と同一のものであつたことを認めることができ、原審並に当審証人中島浩喜の前掲証言は、右各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を動かすに十分な資料がない。従つて結局被控訴人清野所有に係る本件松丸太約七十石並に被控訴人竹口、同繁田の共有に係る本件杉丸太約百四十石の中少くとも約百三十石につき、仮差押執行のなされた昭和三十年一月三十一日より執行の解除された同年九月九日迄違法な執行処分がなされていたものといわなければならない。

そこで債務者たる杉山林業以外の者の所有に係る本件松丸太及び杉丸太に対しなされた仮差押執行及び強制執行につき、債権者たる控訴会社に故意または過失があつたか否かにつき審按する。成立に争のない乙第一、二号証、甲第七号証の五及び六、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一乃至八、原審並に当審証人中野恒幸(原審は第一、二回)同大松政晴原審証人中野雅幸(第一、二回)、同中野保幸、同岩本治の各証言、原審並に当審証人中島浩喜の証言の一部並に原審における被控訴本人清野祐宏、同竹口伊平の各供述、これに前記争のない事実を彼此綜合すれば、本件仮差押執行は、前記執行吏大松政晴が控訴会社より執行委任を受けて、昭和三十年一月三十一日債務者たる杉山林業の木材置場(徳島県那賀郡平島村大字中島六百六十二番地)に臨み、杉山林業所有の製材機械その他道具類等に対し仮差押をなすと共に、同木材置場に集積されていた本件松丸太及び杉丸太に対し仮差押したものであるが、右執行には債権者たる控訴会社の代理人として訴外中島浩喜が立会い、債務者側は杉山林業の社員である訴外中野雅幸が立会つたこと(杉山林業の代表取締役中野恒幸は不在であつた)、その際右中野雅幸は、右中島浩喜及び大松執行吏に対し、本件松丸太及び杉丸太はいずれも他より賃挽加工の委託を受けて預つているものであり、杉山林業の所有に属しないことを申入れたこと、而して本件松丸太には、〈田〉または〈K〉なる刻印が打たれて居り(本件松丸太は被控訴人清野が訴外田村喜俣より買受けたものであることは、さきに認定した通りであり、〈田〉は同訴外人の刻印〈K〉は同訴外人の経営に係る製材工場の刻印)、また本件杉丸太には[竹口]なる刻印が打たれていたものであるところ、前記中野雅幸は、前記中島浩喜及び大松執行吏に対し、本件松丸太及び杉丸太に打たれていた前記各刻印を指示説明して、これ等の原木は被控訴人等より製材のため預つているものであるから、仮差押すべきでないことを極力主張したこと、而して杉山林業の刻印は〈杉〉であるところ、(郡賀川木材協同組合に届出てあつた)、控訴会社はかねて杉山林業との間に材木の取引があり、控訴会社の木材の仕入等の衝に当つていた前記中島浩喜は、杉山林業の刻印が〈杉〉であることを知悉していたこと、しかし右中島浩喜は債務者側の右申出を無視して大松執行吏をして本件松丸太及び杉丸太に対し仮差押執行をなさしめたこと、そこで被控訴人清野は、本件松丸太が自己の所有に属することを、被控訴人竹口、同繁田は、本件杉丸太が自己等の共有に属することを主張して、右仮差押執行につき昭和三十年三月五日徳島地方裁判所に第三者異議の訴を提起したこと、他方控訴会社は、杉山林業に対する確定判決を得て同年七月二十日前記大松執行吏に委任して右仮差押を強制執行に移行したこと、右強制執行には、債権者側は前記中島浩喜が控訴会社の代理人として、債務者側は杉山林業の代表取締役中島恒幸が夫々立会つたものであるところ、その際にも右中野恒幸が右中島及び大松執行吏に対し、本件松丸太は被控訴人清野の、本件杉丸太(但し百三十石)は被控訴人竹口、同繁田の共有に属することを主張し、仮差押執行の場合と同様本件各原木に打たれている刻印についても説明したこと、それにも拘らず前記中島浩喜は大松執行吏をして差押処分をなさしめたこと、そこで被控訴人等は右強制執行についても徳島地方裁判所に第三者異議の訴を提起したが、右訴訟の繋属中であつた同年九月九日に至り、控訴会社は右強制執行を解除したこと、尚杉山林業は昭和二十九年十二月頃迄は自己所有原木の製材をなす傍賃挽製材をもしていたものであるが、事業に失敗したため、その頃以降は他より委託を受けて賃挽製材のみをなし、本件仮差押を受けた昭和三十年一月末当時は、工員約五名を使用し、製材機一台を動かして、細々ながらも賃挽製材を行つていたことを夫々肯認することができ原審並に当審証人中島浩喜の証言中右認定に牴触する部分は措信し難く、控訴会社のその他の立証によるも、未だ右認定を左右することができない。而して原審証人北詰喜一、原審並に当審証人中野恒幸(原審は第一、二回)の各証言並に当審における鑑定人町田武男の鑑定の結果を綜合すれば、材木業者間においては、材木に対する所有権を表示する方法として、材木の切口断面に自己の刻印を打つことが一般的慣行として行われている事実(但し業者によつては刻印を使用しない者もあり、所有材木に必ず刻印を打つとは限らない)を認めることができ、当審証人中島浩喜の証言及び当審における控訴会社代表者大野四郎の供述によるも右認定を動かすに十分でない。

そこで以上認定の各事実に基づいて考察するに、凡そ債務者の占有する動産に対する仮差押または強制執行につき、債務者または第三者が差押物件は債務者の所有ではなく第三者の所有に属する旨申し出たとしても、債務者または第三者においてその申出に沿う証拠資料を何等提出しなかつたときは、特別の事情のない限り右執行の遂行につき債権者に過失があつたものと推断することのできないこともとよりであるけれども(最高裁判所昭和三〇年二月一一日第二小法廷判決参照)、本件の場合は、本件仮差押執行に際し債務者たる杉山林業の社員中野雅幸は債権者の代理人である前記中島浩喜に対し、本件松丸太及び杉丸太は杉山林業において他より賃挽加工の委託を受けて預つているものであることを申出たに止まらず、右各原木に打たれている各刻印を指示説明して、本件松丸太は被控訴人清野の所有、本件杉丸太は被控訴人竹口、同繁田の共有に属することを主張したものであること前叙認定の通りであり、製材業を営む杉山林業が他より賃挽加工の委託を受けて原木を預るということも十分あり得ることであるから、本件各原木は債務者たる杉山林業の材木置場に置かれていて債務者の占有下にあつたものであるとはいえ、債権者側としては第三者の所有権を侵害することがないように、一応その所有者を調査する等何等かの措置を採るべきであり、控訴会社の代理人たる前記中島浩喜がかかる措置を採ることなく漫然債務者側の右申出を無視して執行吏をして本件松丸太及び杉丸太に対し仮差押執行をなさしめたのは、債権者側に過失があつたものといわなければならない。而してその後被控訴人等より右仮差押執行につき第三者異議の訴が提起されたが、控訴会社は右仮差押を継続し、昭和三十年七月二十日右仮差押を本執行に移行したこと、右強制執行の際にも杉山林業の代表取締役中野恒幸が控訴会社の代理人中島浩喜に対し本件各原木につき仮差押執行の場合と同様刻印を説明して、これ等の原木が被控訴人等の所有に属することを主張したに拘らず、右中島浩喜は依然債務者側の右申出を無視して執行吏をして差押処分をさせたこと前叙認定の通りであるから右強制執行についても債権者側に少くとも過失のあること明らかである。被控訴人等は、右強制執行については控訴会社に故意があつた旨主張するけれども、控訴会社において、本件各原木が被控訴人等の所有に属することを知悉しながら敢て強制執行に及んだ事実を認めるに十分な証拠がなく、却て原審並に当審証人中島浩喜の証言に徴すれば、控訴会社の代理人たる中島浩喜は、本件各原木が杉山林業の所有に属するものと信じていたことを窺うことができるから、被控訴人等の右主張は採用できない。

尚控訴代理人は、控訴会社は前記各執行に際し杉山林業側に対し杉山林業の前記申出に沿う資料の提出を求めたに拘らず何等資料の提出がなかつたのであるから、前記各執行処分につき債権者たる控訴会社に過失があつたものということはできない、と主張するところ、杉山林業においては当時他より賃挽製材の委託を受けた場合記帳をしていなかつたため、控訴会社代理人に対し帳簿等を提示することができなかつたことは、原審証人中野雅幸の証言(第一回)に徴し明らかであるけれども、前記認定の如く杉山林業の側において、本件各原木に付されている刻印を指示説明した以上、本件各原木に債務者以外の者の刻印が付されていることは、それ等の原木が第三者の所有に属することの一資料たり得るものというべきであるから、本件の場合債務者側において債権者側に対し帳簿或は書類等の提示がなかつたからといつて、債権者側が本件各原木を杉山林業の所有と信じたことにつき過失がなかつたとはいえない。従つて控訴代理人の右主張は採用し難い。

これを要するに、控訴会社は債務者以外の者である被控訴人清野所有に係る本件松丸太約七十石並に被控訴人竹口、同繁田の共有に係る本件杉丸太約百三十石につき昭和三十年一月三十一日仮差押執行をなし、右仮差押を継続して同年七月二十日これを本執行に移行し、同年九月九日執行を解除する迄差押処分を継続したことにつき、過失があるものというべきであり、右期間中前記各原木に対する被控訴人等の所有権を侵害したことに対し不法行為の責を免れることができない。

仍て進んで右不法な執行処分に因り被控訴人等の蒙つた損害額につき審究する。本件各原木に対する差押が前記の如く昭和三十年九月九日解除されたとき、本件各原木が仮差押執行(同年一月三十一日)当時に比較して、どの様に変化していたかを観るに、原審並に当審証人中野恒幸(原審は第一回)、原審証人中野保幸、同岩本治の各証言並に原審における被控訴本人清野祐宏、同竹口伊平の各供述を綜合すれば、本件各原木は前記期間即ち七ケ月余に亘つて雨ざらし、日ざらしのまま材木置場に数個の山を成して積み重ねられていたものであるところ、本件松丸太については山の下積みになつている部分が腐触した上、梅雨期を越した関係で下積み以外の分も「あい」と称する青黒い「しみ」が入り、相当変色したこと(製材した場合インクを薄く流したような線が板全体に入る)、従つて製材不可能の分が相当量生ずると共に製材が可能だつた分もその製品価値が相当減じたこと、また杉丸太については、夏季を経過したため「日割れ」(材木が日光のために乾燥して縦に割れ裂けること)が多く生じ、そのため製材の結果建具の材料として使用できる板の量が通常の場合に比し相当減少したことを肯認することができ、右認定を覆えすに足る資料がない。そこで右損害の程度であるが、この点につき被控訴人清野は、本件松丸太は総石数の約半量に相当する分(約三十五石)が使用に堪えない程度に腐朽し、残余の分(約三十五石)も変色甚しく製函用材としては二分の一の効用を減ずる結果となつた旨主張し、(原判決事実摘示中被控訴人清野主張の損害額(二)及び(三)、被控訴人[竹口]、同繁田は、本件杉丸太の中六十石に相当する数量が腐朽、変色若しくは日割れにより建具用材料として使用に堪えなくなつた旨主張し(原判決事実摘示中被控訴人竹口、同繁田主張の損害額(二))、証人中野恒幸は原審及び当審において、証人中野保幸、同岩本治、被控訴本人清野祐宏、同竹口伊平は原審において、おおむね右各主張に符合するような証言または供述をしているけれども、右各証言または供述のみを以てしては、被控訴人等の右主張事実を全面的に肯定するには幾分不十分であり、他に右主張事実を全部肯認するに足る的確な資料がない。従つて被控訴人等の前記主張をそのまま認容することはできないけれども、当裁判所としては、さきに認定した事実に、前掲各証人の証言、被控訴本人等の供述、これに当審における鑑定人町田武男の鑑定の結果をも考慮に容れて、本件松丸太(約七十石)については、腐蝕し或は「しみ」が入つたことにより、これを全体的に見て原木としての価値が半減し、また本件杉丸太(約百三十石)については、日割れを生じたことにより原木としての価値が約四十石に相当する分だけ減少したものと認定する。而して当時における松丸太の原木価額が石当り千五百円であり、杉丸太の原木価額が石当り二千円であつたことは、控訴会社においてこれを認めるところであるから、本件松丸太については金五万二千五百円(三十五石分)、本件杉丸太については金八万円(四十石分)の価値の減少を来したものというべきであり、右は控訴会社がなした前記不法な執行処分に因り被控訴人等に与えた損害であるということができる。尚控訴代理人は、木材は控訴会社が差押えていた前記期間と同程度の期間は貯木場に集積されているのが一般の例であり、それがため使用不可能となつて腐朽することはなく、仮に腐朽したとしても、被控訴人等において腐朽を防止する手段を十分採り得たに拘らず漫然と放置して拱手傍観していた以上、被控訴人等がその損失を蒙るのは当然であつて、控訴会社に賠償責任はない旨主張しているけれども、本件各原木が腐蝕し、或は「しみ」「日割れ」等により価値が減少したこと前叙認定の通りであり、右のような変化を生じたことにつき被控訴人等自身に何等かの過失があつたことを窺うに足る資料がないから、右主張は採用の限りでない。次に被控訴人等は、被控訴人等が本件各原木に対する不法な執行を排除するため弁護士に第三者異議訴訟を委任したため支払つた手数料及び報酬を本件の損害として請求しているにつき審按する。被控訴人清野は、本件松丸太が自己の所有であることを、被控訴人竹口、同繁田は、本件杉丸太が自己等の共有に属することを夫々主張して、徳島地方裁判所に前記仮差押執行に対する第三者異議の訴並に前記強制執行に対する第三者異議の訴を夫々提起したことは前記の通りであり、右後者の第三者異議訴訟は、控訴会社が昭和三十年九月九日強制執行を解除したため、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決がなされて該判決が同年十月二十六日確定したことは当事者間に争ないところである。而して右判決は被控訴人等の請求を棄却する旨の主文ではあるが、右は控訴会社において強制執行を解除したため被控訴人等において執行排除の判決を求める利益がなくなつたことに因るものであつて、強制執行が違法でないことを理由としてなされた判決ではないこと弁論の全趣旨に徴しこれを窺うことができる。而して当審証人中野恒幸の証言によれば、被控訴人等は前記各第三者異議訴訟を徳島弁護士会所属弁護士梅田鶴吉に委任し、同弁護士を代理人として訴訟を遂行させたものであるが、被控訴人清野は右梅田弁護士に対し手数料として金九千円、報酬として金一万円、計金一万九千円を支払い、また被控訴人竹口、同繁田は共同して右弁護士に対し手数料として金一万円、報酬として金二万円を支払つた事実を夫々肯認することができ、右認定を動かすに足る資料がない。凡そ債務者以外の第三者の所有物件に対し不法に仮差押執行または強制執行がなされ、右物件所有者が右仮差押執行または強制執行を排除するため第三者異議の訴訟を提起した場合、右執行処分につき債権者の側に不法行為が成立するときは、右物件所有者は、右異議訴訟のため委任した弁護士に支払つた相当範囲の手数料並に報酬につき、民法の不法行為に関する規定に従い、債権者に対しその賠償を請求することができるものと解するのが相当である(大審院昭和一八年一一月二日民刑連合部判決参照)。今本件の場合につき観るに、控訴会社は前記仮差押執行及び強制執行につき過失が存し、執行の目的物件の所有者たる被控訴人等に対し不法行為の責を免れることができないこと前叙説示の通りであるから、控訴会社は、被控訴人等が前記各第三者異議訴訟につき委任した弁護士に支払つた相当範囲の手数料及び報酬を不法行為に因り通常生ずる損害として賠償する義務があるものといわなければならない。而して右賠償を求めることができる弁護士手数料及び報酬の範囲は、事件の難易、訴訟物の価額その他諸般の具体的事情を斟酌して決するを相当とするところ(大審院昭和一六年九月三〇日判決参照)、本件弁論の全趣旨により窺える前記各第三者異議訴訟の内容、訴訟物の価額、審理期間その他の諸事情を考量するときは、被控訴人等が梅田弁護士に対し支払つた前記手数料及び報酬の額は相当であると認められるので、控訴会社は被控訴人清野に対し前記金一万九千円を、被控訴人竹口、同繁田に対し前記金三万円を夫々賠償する義務があるものというべきである。

尚控訴代理人は、訴訟代理人に対する報酬は訴訟費用ではないからこれを請求し得べき理由がないと主張するところ、訴訟代理人に対する報酬がいわゆる訴訟費用の中に含まれないことはいうまでもないけれども、訴訟代理人に対する報酬支払が相手方の不法行為に起因するものである以上民法の不法行為に関する規定の適用を除外すべきいわれはないから、不法行為に因り生じた損害としてその賠償を請求することができるものというべきであり、右主張は理由がない。また控訴代理人は、弁護士に対する手数料は訴訟費用額確定決定の方法により請求すべきであると主張するけれども、被控訴人等が本訴において請求している前記弁護士手数料は、梅田弁護士が前記異議事件の依頼を受けた際受領した俗に着手金と称するものであつて、報酬の一種であり、いわゆる訴訟費用とは別個のものであること当審証人中野恒幸の証言並に弁論の全趣旨によりこれを窺い得るから、右主張も理由がない。

然らば控訴会社は、結局被控訴人清野に対し、本件松丸太に関する損害金五万二千五百円、弁護士に対する手数料報酬計金一万九千円、以上合計金七万千五百円並にこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十年十一月十五日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を、また被控訴人竹口、同繁田に対し本件杉丸太に関する損害金八万円、弁護士に対する手数料報酬計金三万円、以上合計金十一万円並にこれに対する前同様昭和三十年十一月十五日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきであり、被控訴人等の本訴請求は右認定の限度においてこれを正当として認容すべきも、その余の部分は失当として排斥を免れない。

仍て右と一部異る原判決(但し控訴会社敗訴部分)はこれを変更することとし、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第九十二条第九十三条第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例